大手出版社からエッセイ執筆を依頼されたのに、断った過去にバカバカバカ!【リライト版】

ワタクシもこの業界長かったので、全盛期は何度か書籍の執筆依頼がありました。
全国誌で〝記名原稿〟を書いていれば、当然お声がけがあるわけッス。

ほんで、そのすべてを断ってきました。

これまでに声をかけてくれたのは、
ビジネス系出版社とか地方の出版社数社と、誰もが知る大手出版社など。

■ 大手出版社って『情熱大陸』企画も同時進行なのか!

ちなみに某大手出版社の編集者さんは、のちに手がけたエッセイ本がドラマ化されたり……とか、まさに大手の敏腕編集者として業界でも有名な人でした。

その編集者さんと知り合ったのは、書籍企画の持ち込み。
ただし自分ではなく、知人のエッセイ企画でした(他人のプロデュースだとちゃんと仕事するのに、自分のことになるとほんまクズ野郎)。

ほんで、大手出版社の編集者さんとお話して、はじめに驚いたのは、これ。

打ち合わせにて「では、これ『情熱大陸』の企画と同時進行でいこうか」とかフツーに〝大きな〟を話していて、なるほど書籍を売るための戦略として、テレビ企画も当たり前なのか、さすが大手だなぁ(と、お茶をすする)。

(心臓は驚いていた)いやいや、いやーーー、スゴーーーーーー、スゴすぎるだろ。

ええーーーー、テレビ企画持ち込みもコミコミなの? 当たり前なの?
と、たまげたたまげた。お茶ブーーーーだ。

■ 接待で、エッセイ本を依頼したのに

ほんで、ともに仕事するうちに、自分にも〝エッセイ本〟の話がきたわけッス。

当時は、書籍の執筆依頼となると編集者さんによる〝接待〟が業界では当たり前と聞いてましたが。

例えば、昔、ぴあ関西版編集長が日々付き合いのあるライターさんに、同誌連載記事を〝まとめた書籍〟を出すときでさえ「いつお話するか悩んで、提案するのに何週間もかかった」と語っていて。

毎月会っているような〝濃い〟付き合いの相手でも、なかなか〝書籍化〟のことは告げにくいらしい。
というわけで〝接待〟の場にてお願いすることがよくあったという。

案の定、ワタクシの場合も、西梅田の洋風高級寿司屋で、ひとり3万円コースくらいのヤツ。
お高めワインを横綱みたいに飲んでたら、エッセイ本を書かないかとお話された。

即、断った。

「いやぁ、そっちで勝負したくないんですよ」
「そのまま書けばいいと思うけど」
「いや、それは目標と違う」

いま思えば、バカバカバカーーーーーーー!

当時はクリエイターとして、シャキシャキに尖っていたので。

「自分の体験や思ったことを書くエッセイではなく、自分の〝創ったもの〟で、物語や企画で勝負したい」と考えていた。

まだまだ余裕で脚本家になれると思っていたし、絵本作家も目指していた(まぁ、いまもあんま変わらないんだけど)。

だから、自分自身を〝商品〟にするまえに、やることがあるハズ。

自分自身ではなく、自分が書いた脚本で当てたい! キャラクターデザインで当てたい!
ガチガチだった。

だって、自分のことを書いて、なにが面白いのだ?
オレが創ったモノのほうがはるかに面白い!

その自信も当時はあったし、創れたはずたっただろう。

さらに、エッセイ本はそんなに売れるもんではないので、
当時のギャラ = 雑誌の連載ページのほうが楽して稼げたのもあった。
尖ったまま、断ってしまった。

その後、その編集者さんと出逢うキッカケになった〝持ち込み企画〟については編集協力から撤退し、著者当人からはギャラ支払い拒否で、想定収益の数十万円も人脈もすべてパァ〜。

■ いますぐバスに乗って過去に行きたい

ワタクシ、過去だいたいトータル250万円以上は未払いのまま(苦)。

ホント、アホアホアホーーーーーーー!
いますぐにバスに乗って、過去に戻りたい。
※不適切にもほどがある!

怒り野村萬斎。
なんで、あのとき断ったの?
思い出すだけで、髪の毛がサイヤ人状態。

サイヤ人

たぶん光ってる。
ムオンムオンというあの音鳴っている。

だってさぁ、あんな一流敏腕編集者さんと仕事するなんて、もう一生涯ないわけ。

書き手は、優秀な編集者さんと出会って、はじめて〝次のステージにいける〟とさんざん新人さんやらセミナーでみなさんに語っているのに……。

しかもだ!

その後、自分の〝創ったもの〟があるかといえば、ほとんどない。

なんかダメ定番の路上でギター弾いている「いつか俺はビッグになる」とかいっているうちに、いつ死んでもおかしくない歳になった。

後悔とは「つまり、船に乗らないこと」なんていう、ここは、大昔の大橋巨泉ネタCMキャッチでしめたい。

もとげん(リライト前の記事で読む)

コメント

タイトルとURLをコピーしました